品川無線株式会社
60周年
 2009年、「品川無線株式会社」から案内を頂戴しました。「品川無線株式会社」が創業60周年を迎えられた、とのことでした。一言で、60周年と言っても、フォノ・カートリッジ、トーン・アームの専業メーカーとして歩んでこられた「品川無線株式会社」にとって、60年という歳月が如何なる意味を持っているか、ということに考えを及ぼすと、それは、まさに、波乱の60年であったことでしょう。今から40数年前、1980年代初頭にCD(コンパクト・ディスク)が登場し、アレヨアレヨ、という間に、レコードというメディアは、ものの見事に駆逐されてしまったのです。レコードを置いていない「レコード店」、という冗談のような状況が現出したのです。
 レコードがCDに取って代わられる、という状況は、私には想像もできなかった。私にとって、ありとあらゆる意味に於いて、CDより、はるかに優れている、はるかに好きなレコードが消えてなくなるなんて、ありえないことでした。しかし、ありえない状況が現出した。一体全体、ナゼダ!
 なぜ私がレコードが好きなのか、を事細かに書く前に、なぜ、CDが嫌いなのか、を書きます。先ず、あのプラスティックのケース。ひたすら不愉快です。そこに入っているチャチー、ジャケット。オリジナルならまだしも、レコードの素晴しいジャケットが、あのチッポケなケースに縮小されて入れられているなんて、デザイナーに対する冒涜です。さらに、あの、中途半端なCDのサイズ。手の小さい私には、実に持ちにくい。プラスティック・ケースから取り出すときの、あの取りにくさ。これから、妙なる楽の音に浸ろう、という気持ちがイッペンに萎えてしまう。
 一番、問題なのは、勿論、音です。音が良かったら、私が文句を言う筋合いではない。私は音楽が大好きだから、その音楽が、より美しく、より正しく再生されるのであれば、扱いにくさとか、見苦しさとか、そんなことは喜んで眼をつぶりましょう。ところが、肝心の音が、私には、とても音楽を聴ける、楽しめる音には聴こえない。私の耳には、CDの音は、ツブツブに聴こえる。線でも、面でもなく、点に聴こえるのです。と言って、そう聴こえる、というのは、私の耳に、ということで、必ずしも、何らかの裏づけのある話ではありません。しかし、自分の判断を変えるわけにはいかない。客観的な優劣ではなく、もっぱら、主観的な好悪なのです。
終始一貫
 私は、「品川無線株式会社」が製造する「グレース」のフォノ・カートリッジを愛用しています。愛用、という言葉通り、愛して、用いています。なぜ、「グレース」が好きなのか。それは、「品川無線株式会社」が、創業以来、60年の間、終始一貫、レコードへの愛情、レコードに刻まれた音楽への愛情、その音楽を、正しく、楽しく再生するために、すべての努力を傾注されてこられたからです。
 今から58年前、「品川無線株式会社」は、NHKとの共同開発で、名機「グレース・F8」を世に送り出しました。時代は、まさに、日本経済が高度成長に向かって飛び立った、その時だった。私を含め、音楽を愛する、オーディオを愛する日本人が、オーディオ機器を購入できるようになった、その時だった。だから、「グレース・F8」は時代の寵児になった。しかし、その時ですら、「品川無線株式会社」には逆風が吹いていました。海外製品偏重という。
 その頃、私が読んだオーディオ雑誌(名前は失念しました)に、「ブラインド・テスト」という企画がありました。スピーカー、とか、アンプ、とか、オーディオ製品の種類ごとに、内外メーカーの様々な機種を、複数のオーディオ評論家が目隠し試聴して評価するのです。ある月の特集がフォノ・カートリッジでした。そこで、大変高い評価を受けたのが「グレース・F8L」でした。海外某有名メーカーのフォノ・カートリッジは散々な評価でした。ところが、「ブラインド・テスト」後のオーディオ評論家の感想は、「ブラインド・テスト」では、正しい評価は出来ない、という結論なのです。そうこうするうちに、その企画は紙面から消えました。
 オーディオ雑誌で一番、注目度の高い紙面は、今も昔も、オーディオ製品の評価でしょう。特集であれ、企画であれ、オーディオ雑誌は、手を変え品を変え、オーディオ機器の種類ごとの比較評価をする。そして、今も昔も、外高内低。海外製品は評価が高く(甘く)、国内製品は低い(厳しい)。それは無いでしょ、あんまりですよ、と私は思わず言いたくなる。きっと、国内オーディオメーカーの技術者たちは、何度、悔し涙を流したことでしょう。
逆風
 「品川無線株式会社」が、フォノ・カートリッジ「グレース・F8L」という空前のベストセラーを発表した時点ですら、逆風が吹いていました。海外製品偏重、国内製品軽視、という。さらに、MM型のフォノ・カートリッジが主力だった「品川無線株式会社」にとっては、MC型高級品、MM型普及品、という偏見も逆風だったことでしょう。私ですら、現在に至って、MM型の、構造上の利点を理解しますが、あの当時では、MM型が、本来持っている性能が、最高度に発揮できる環境にはなかった。MM型が正当に評価される状況では無かった、と思えるのです。
 さらに、私は、「品川無線株式会社」が、海外に於いて得られた高い評価に比して、国内の評価が決して高くなかったのは、それ相応の理由があると思えるのです。それは日本のオーディオ界で、求道者的原理主義が大手を振っているからです。某オーディオ評論家が教祖のように崇められ、信者がおられた、とか、某小説家が、オーディオを「巡礼」するとか、そういう雰囲気が、好感される、信用される、そういう風潮の中で、「品川無線株式会社」が、創業以来、終始一貫、持ち続けた姿勢は、一種独特の違和感をあたえたのでしょう。
 では、「品川無線株式会社」の姿勢、すなわち信念の拠り所はどこにあるのか。私は、レコードを、オーディオを、音楽を、より楽しく楽しむ、という朝倉昭社長、その人自身の生き方にあるのではないか。「品川無線株式会社」が製造販売されているフォノ・カートリッジには多種多様な交換針が用意されています。私自身、かつて、「生の音」、すなわち原音は一つだから、その再生に最適なフォノ・カートリッジは一つしか無い、という原理原則主義に陥っていました。そういう主義から言うと、一つのフォノ・カートリッジで、針を交換することで複数の音が再生される、というのは主義に合わないことになるのです。
 しかし、私自身、自分の演奏を録音するのが趣味なので、たった一つの演奏ですら、録音場所、録音条件によって音が変わることが理解できる。さらに、その録音は再生される条件によって、全く別物のように変わる。であるなら、原音は唯一無二、というのは、まさに机上の空論に過ぎない。レコードも、録音年代、録音会場、録音技師、で全く異なる。さらに、同じ録音であっても、レコードに製盤される年代、場所、技師、によって違うのです。
 我がオーディオ・ルームで再生されるレコードも、10枚あれば10通りの音がする。であるなら、私自身が、より好ましく、より楽しく聴こえてくるように、1枚1枚、微調整しなければなりません。それを、ある種の「イコライジング(適正値化)」であるとするなら、私は、「品川無線株式会社」が提供する種々様々な交換針のバリエーションは、聴き手が、自分の好みに「イコライジング」する有効な方法ではないか、と思えるのです。
勁草
 日本のオーディオ・ジャーナリズムを席巻し、瀰漫する、海外製品礼賛、国内製品蔑視、教条的原理主義、のなかで、「品川無線株式会社」が、創業60年を迎えられたのは奇跡と言って過言ではありません。しかし、その60年が、風雪に耐えて耐えての60年であったことは間違いないでしょう。では、なぜ、「品川無線株式会社」が、逆境に耐えられたのか。それは、何より朝倉昭社長の揺るぎない信念があればこそ、だったでしょう。そして、それと同じぐらい、「品川無線株式会社」の姿勢に共感し、評価する愛好者が、「グレース」ファンが、いらっしゃるからでしょう。ユーザーの多種多様な要望に、可能な限り応え続けたい、という熱い思いが「品川無線株式会社」を支えたのです。
 中国の諺(ことわざ)に「疾風に、勁草を知る」という言葉があります。
 吹き荒れる強風の中で、しっかり、なぎ倒されないで立ち尽くす草になれ、という意味です。「品川無線株式会社」は、まさに「勁草」だった。オーディオ文化の土壌に、深く根を降ろした。「グレース」という類稀な「勁草」を、しっかり支えたオーディオ文化の土壌、とは、実は、ユーザーです。レコードを愛し、オーディオを愛し、音楽を愛する、国内の、海外の、沢山のユーザーなのです。流行を追わず、浮薄に流れず、贅沢に溺れず、質実に真実を見つめる眼を持った、沢山のユーザーなのです。