MC型からMM型へ
遍歴
 私の使用するフォノ・カートリッジは、「SHURE・M44−7」に始まり、直ぐに「グレース・F8L」、「F8C」に変わりました。その後「SHURE・TYPEV」を使いましたが、どれも所謂、MM型の発電方式です。MM型とは、ムービング・マグネット型というレコード針の元の部分に磁石が取り付けられていて、本体のコイルが発電する、という方式です。一方、MC型は、ムービング・コイル型というレコード針の元の部分にコイルが巻かれていて、本体の磁石との間で発電する方式です。
 古来、MM型とMC型と、どちらの方式が良いのか、という論争、競争がメーカー、評論家、愛好家の間で、闘われてきました。唯、下世話な話で言うと、一般的にはMC型の方が高価になりがちで、さらに発電量が微弱なので、昇圧トランス、乃至、ヘッド・アンプが別途必要なので、1960年代ぐらいまではMM型の方が、より安価で使用できるので主流でした。ところが日本人の平均的所得水準が上がり、さらにオーディオ・ジャーナリズムがMC型の優位性を吹聴されたので、オーディオマニアを自称する愛好家はMC型を使用するようになりました。
 私も当初はMM型を使用していたのですが、流行に乗って「SHURE・TYPEV」のMM型から、「フィデリオリサーチ・FR1mkV」というMC型に換えました。確かに、衝撃でした。私が一番、聴きたい弦楽器が、緻密に、繊細に鳴るのです。ヴェールが取り払われたような、澄み切った高音が聴けたのです。その後、MM型が主力だった「品川無線株式会社」が「グレース・F10C」を発表し、長く愛用いたしました。しかし、いつの頃からか店頭で「品川無線株式会社」の製品を見かけなくなり、「DENON」、「オーディオ・テクニカ」、「SAEC」、「YAMAHA」、「オルトフォン」など、内外のメーカーのMC型のフォノ・カートリッジを使用するようになりました。
MM型
 震災後、「品川無線株式会社」から送付していただいた通信販売でMM型のフォノ・カートリッジ「グレース・F14MR」を注文しました。久しぶりの「グレース」のフォノ・カートリッジ、それもMM型を入手して、私は、ある種、期待と不安を持って鳴らしました。私の中にある「グレース」への憧れ、想いが、もしかすると崩れるかもしれない、と。やっぱりMC型の方が良かった、とか、かつての「グレース」の栄光は何処に、という結果に終わらないだろうか。しかし「グレース・F14MR」から鳴り出した音は、そんな不安を吹き飛ばす素晴しい音でした。「グレース」健在なり。私は、我がことのように嬉しかった。今尚、フォノ・カートリッジ・メーカーの一方の雄として健在なのだ、と。
 その後、私は、折に触れて「グレース」のフォノ・カートリッジを購入しました。昔から「グレース」のフォノ・カートリッジはバリエーションが豊富なのです。それでも、他のメーカーの、とりわけMC型のフォノ・カートリッジは併行して使用していました。しかし、次第に、「グレース」のフォノ・カートリッジを使用する頻度が増え、今は、ほとんど、ずっと、「グレース」のフォノ・カートリッジでレコードを再生しています。
 なぜ、「グレース」のフォノ・カートリッジなのか。理由は単純です。気持ちの良い鳴り方をするから。では、なぜ、気持ちの良い鳴り方をするのか。私は、それ相応の理由があると思っています。私は、神戸高校時代、理系を選択しましたが、数学、物理、化学はカラッキシ駄目で、トウトウ、大学は文学部でしたから、私がフォノ・カートリッジの発電方式がドウノコウノ、と言っても、全く、説得力のある話ではないのですが、それでも、あえて申し上げると、やはりMM型とMC型の方式の違いにある、と思うのです。
軽針圧
 古来、MC型が有利である、とみなされていたのは、レコード針にコイルが直結されている構造上、よりダイレクトにレコードの溝に刻まれた情報が電気信号に換わる、ということでした。しかし、レコード針、という極小な棒状の素材にコイルを巻きつける、というのは、構造上、無理が懸かる。さらに、レコード針自体の質量が上がるので、レコードを正確にトレースするために、ある程度の針圧をかけなければなりません。他方、MM型の場合、レコード針には磁石が取り付けられていて、発電コイルはフォノ・カートリッジ本体に埋め込まれているので、レコード針のトレース能力が高い。より正確に、レコードの溝に刻まれた情報を、まさに、ピック・アップできる。しかし、なぜ、MC型の方が性能が良い、と流布されてきたのでしょう。私は、様々な外的条件があったと思うのです。
 MM型の特徴は、軽針圧が可能であり、軽針圧が可能であるがゆえに、レコードに刻まれた情報に対して、より微細に反応することが可能である。しかし実際のレコード面には、微視的に、大小、数限りない埃が付着しています。しばしばレコード面に刻まれた溝とレコード針の関係が、道路を疾走する車に例えられますが、レコード面上の埃は、道路に散乱した石や岩のようなものです。さらに、レコード面に帯電した静電気が、まるで磁場のようにレコード針のスムースな動きを阻害する。フォノ・カートリッジは、とてつもない悪路を疾走する車なのです。
 MC型が有利であるとみなされていた根拠は、レコード針に発電コイルが直接、取り付けられている構造にある、とされるのでしょうが、私は、MC型の重針圧が結果的に良かったのではないか、と考えます。なぜなら、とてつもない悪路を走るのに、車体重量が重いほうが悪路への追従性は高いからです。いわば、重さで押さえ込むようなものです。重量級のフォノ・カートリッジ、トーン・アームが高い評価を受けたのは、そこに起因するのではないか。