時代区分
 歴史上の時代区分が、石器時代、青銅器時代、鉄器時代、と称せられるのであれば、現代は差し詰め、スマートフォン時代と言って言い過ぎではないでしょう。日本社会の将来の進路を指し示す選挙が、スマートフォンによって、かくまで左右されるのであれば。今、私たちは、そういう時代を生きているのです。
 スマートフォン社会の危(あや)うさは、スマートフォンで発信される情報を鵜呑(うの)みにして、判断し、行動する人が多数派になることです。人間は本来、五感を越えて、第六感と呼ばれる察知能力を持っています。なんとなく胡散(うさん)臭い、とか、殺気立っている、とか、気配を察知する能力をそなえています。ところがスマートフォンでしか情報を取得しなくなると、第六感どころか、五感すら鈍麻(どんま)し、情報の収集力が激落ちして、トンデモナイ判断を下すことになりがちなのです。
 スマートフォン社会の危険性を回避して、その利便性を活用するためには、先ずもってスマートフォン社会の陥穽(かんせい)、落とし穴がどこにあるのかを意識することです。スマートフォンの提供する情報は、あえて誤解を承知で断言すると、デジタルなのです。デジタルは、あえて誤解を承知で極論すると、「0」と「1」なのです。「0」と「1」しかなくて、その間が無い。「黒」「白」がハッキリしているから、デジタルは鮮明で分かり易い。しかし眼前の事象はアナログなのです。「0」と「1」との間に無限の階梯(グラデーション)がある。ところがデジタルでは、その微妙、精妙な階梯が払拭されているのです。
 スマートフォンによるコミュニケーションは、通話であれ、メールであれ、記号の遣り取りでしかありません。しかし対面でのコミュニケーションは、会話の中に無限の情報が含まれている。唯に発せられる言葉の意味だけではなく、表情、声質に言外の意味があるのです。スマートフォンだけのバーチャルコミュニケーションだけではなく、対面しての会話によるリアルコミュニケーションによって、スマートフォン社会が陥る危険性を回避できると考えます。