激変
 この数年間で日本は、否、世界は激変しました。その原因はハッキリしている。スマートフォンとコロナです。2019年に勃発したコロナ禍は、瞬(またた)く間に世界中に拡大し、人と人とが対面することが感染の危険を高めるということで非接触、三密を避けることが推奨されました。コロナ禍が猖獗を極めた時期には弊店も休業を余儀なくされたのです。
 実際に人と人とが対面することが出来なくなって、対応策としてインターネットでのオンラインが活用され、スマートフォンの使用が激増したのです。
 スマートフォンはコロナ禍が始まる十数年前から実用化されたのですが、当初は30代、40代の人から普及し始め、次第に年齢層が広がっていたのですが、コロナ禍のなかで一挙に使用層が拡大し、老若男女、すべからくスマートフォンを手放さなくなったのです。その状況に先手を打って企業も対応し、スマートフォンは使って便利、お得ということで、アッという間に世の中、スマートフォン社会になったのです。 
 スマートフォン社会は、コロナ禍という予測不能な状況と、スマートフォンの加速度的な普及という不可逆な条件とが相乗的に作用して、対面して会話するというリアルコミュニケーションの激減、スマートフォンを介してのバーチャルコミュニケーションの激増という現象をもたらしました。 私は、かつて神戸元町商店街の広報部に所属していましたが、広報活動に従事する中で私は、広報で大事なのは、三つ、情報の量、質、鮮度であると感じました。その三要素でみると、スマートフォンの情報は、量と鮮度において会話に勝ります。四六時中スマートフィンを手放さない人が沢山いらっしゃるからです。しかし情報の質においては、圧倒的に会話が勝る。というか、スマートフォンのバーチャルコミュニケーションと、会話のリアルコミュニケーションとでは、情報の質が全く別次元だからです。対面しての会話では、相手の表情、仕草、声質をはじめ、会話の内容だけではない無限大の情報が得られるのに比して、スマートフォンで伝わる情報は、極めて限定的なのです。スマートフォン社会が、果たして私たちにとって、幸か、不幸か、それが大問題なのです。