2026年9月30日 |
レーザーディスク |
| 私は特段、映画が好きだったわけではなく、まして通でもマニアでもありませんでしたが、人並みに映画を観て楽しんでいました。唯、映画館で観るのはあまり好きではなくて、かといって、テレビの名画劇場で吹き替えの映画を観るのは論外で、それでも自宅で映画を観られたらとズット憧れていました。いつの頃からだったか、ビデオテープなるものが普及し始め、居間のテレビで観ることが出来るようになったのですが、画質が悪くて、とても観る気になれませんでした。 ところがレーザーディスクなるものをパイオニア(開拓者)が開発し、高画質であることが喧伝(けんでん)され、電気店で視聴すると鑑賞に充分耐えると判断して購入しました。早速、14インチのブラウン管テレビに接続して映画やオペラ、それに娘や息子のためにアニメ映画を観るようになりました。その頃、巷(ちまた)で「AV(オーディオ&ビジュアル)」なる言葉が流行(はやり)りだして、「ホームシアター」なる言葉も使われだして、興味をそそられました。液晶プロジェクターでスクリーンに映像を大画面で投影するのです。視聴室で観た映像の迫力に感動して自宅に導入したのですが、まるで映画館で観るような映像と音響に狂喜してレーザーディスクを次々に購入して鑑賞しました。その後、映像ソフトにDVDが開発され、私も2004年にDVDプレーヤーを購入し、液晶プロジェクターも高画素数の機種に替え、それからDVDで映画を観るようになりました。 この3月から「日曜日以外はサンデー毎日」となった私は、ほぼ毎日、ホームシアターで映画やオペラを観るようになり、中古DVDを格安で次から次に購入したのですが、鑑賞時間が激増したので、以前に一度、観たレーザーディスクを、最近、もう一度、観るようになったのです。勿論、二十年以上前に一度切り観ただけではあるのですが、どの作品も、全くと言っていい程、記憶に残っていないことに衝撃を受けているのです。何故(なぜ)これほどに覚えていないのだろう。以前に観た時も、それなりに感動したはずなのに、感動の度合いがまるで違うのです。作品に対する共感の度合いがまるで違う。きっと、その間の、私の人生経験が作品への共感力を格段に増やしたのだ。無駄に生きて来なかった。きっとそうだ。そう思えて良かった。 |
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2026年9月20日 |
共感力の欠如 |
| 私は、現下の日本の社会状況に強い危機感を抱いて、これまでに、「来るべき社会像」「時代の諸相」「人と人との間」「問題の本質」を書いて私個人のホームページ「三久庵」の「現代社会論」に掲載しました。しかし事態は好転するどころか、悪化の一途をたどっているのです。この状況を座視するわけにはいかない、しかし私に何が出来るのか、をずっと考え続けてきましたが、ここに来て、「共感力の欠如」が最大の要因ではないか、と思い当たりました。であるなら、「共感力の恢復」こそ喫緊の課題である、と考えるに至ったのです。 私は大学生の時、印刷屋でアルバイトをしたことがありました。製本が出来上がった本を移動する仕事でした。結構な重労働で、帰る頃にはクタクタで、貰ったバイト代でビールを飲まないとやってられませんでした。その本は本多勝一著の「殺される側の論理」でした。ベトナム戦争の最中(さなか)で「べ平連」に参加していた級友がいましたが、本多勝一はベトナム戦争の取材を続けていたジャーナリストでした。悪い冗談ですが、私は、一日中、積み上げられた重い本を落とさないように気遣いながら動かし続けて、確かに「殺される側の論理」はあると思ったのです。今、まさに世界中で「殺す側の論理」で戦争が勃発している。毎日のように、攻撃で死者が何人だと報道される。しかし戦争で殺された人だけではなく、その家族、親類、友人も悲嘆の極にある。「殺す側の論理」に、「殺される側の論理」への「共感」が僅かでもあれば、平然と戦争を遂行できるだろうか、続行できるだろうか。 「共感力の恢復」が愁眉の急であるなら、何を持って可能だろうか。私は、私の極めて個人的な体験で「音楽」が「共感力」の醸成に有効であると考えました。そう考えるに至った経緯を「音楽自伝」として執筆し「三久庵」の「コンサート物語」に掲載しました。御一読いただければ幸甚です。 |
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2026年9月10日 |
サンデー毎日 |
| この3月から私は「日曜日以外はサンデー毎日」になりました。「日曜日以外はサンデー毎日」という言い方が自分ではとても気に入っていて、喜寿を迎えた私への息子からのお祝いだと思うからです。根っからの趣味人で道楽者の私にとっては好きなことを思う存分楽しめる好機到来です。 高校生になってレコードでクラシック音楽を聴くようになり、大学でオーケストラに入ってチェロを弾き始め、呉服屋になってからもオーケストラで知り合った仲間と室内楽を楽しむようになりました。40歳の頃から自宅のホームシアターで映画やオペラを鑑賞するようになり、還暦を過ぎて散歩を始めました。どの趣味も時間がかかるのですが、商売を放っといて道楽にのめり込むことは無かったので、店を潰さずに息子に代替わりが出来ました。そのご褒美に息子から「日曜日以外はサンデー毎日」という贅沢な時間を貰って余生を謳歌しています。 なかでもホームシアターでの映画やオペラの映像鑑賞は、ソフト自体が短くても90分、長いと4時間を超える作品もあって、充分に時間が取れないと観られないし、スクリーンやプロジェクターの設置にも手間がかかるので、余程、余裕のある日でないと観る気になれなかったのが、「日曜日以外はサンデー毎日」になって、今日は映画、明日はオペラとほぼ毎日のように楽しんでいます。 私は高校生の頃から、シェイクスピアが大好きで、30数年前、イギリスBBC放送がシェイクスピア全37作品をテレビ放映のための映像に制作したのを、NHK教育テレビが数作品を放送したのを観て感動し、全作品を是非、観たいものだと思っていたら、23年前、DVDで販売されていることを知って、清水の舞台から飛び降りる思いで購入しました。以来、第1作目から順番に観てきたのですが、どの作品も重厚長大で、感動の連続でした。しかし、おいそれと気楽に観ることなど、とてもできないので、一年に、一作品か二作品しか観なかったので随分と年数が掛かってしまったのが、「日曜日以外はサンデー毎日」になったおかげでペースアップ出来て、先日、最終作品の第37作品目「ヘンリー八世」を無事、観終えることが出来ました。目出度し、目出度し。 |
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