2025年11月30日


  郷土愛

 私は早稲田大学在学中の4年間、東京で下宿生活を送りましたが、東京で住み続けることは全く考えもしなかったので、大学を出たらすぐに神戸に帰りました。大学生になって生まれて初めて神戸を離れて生活するようになって最初の夏休みに神戸に帰省したとき、新大阪で新幹線から在来線に乗り換えて、武庫川を超えたあたりから車窓の風景が、北は六甲山、南は瀬戸内海が広がって、久しぶりに神戸に帰ってきたと嬉しくなったのですが、国鉄(JR)の須磨駅で下車し駅舎の南側の浜辺に降り立って懐(なつ)かしさのあまり潮風と海の匂いを感じながら砂浜を歩いて帰りました。驚いたのは自宅に戻って母や妹の話す声がとても柔らかく聞こえたのです。東京でシャキシャキしたコトバを聞き慣れていたからでしょうか。やっぱり神戸が好きだ、と感じ入りました。
 最近、永田和宏の「近代秀歌」を読みました。斎藤茂吉の「万葉秀歌」に倣(なら)って明治以降の短歌の秀歌を撰集していて、石川啄木の歌も幾つか選ばれているのですが、「ふるさとの訛(なまり)なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」とか「ふるさとの山に向ひて 言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」とか、東京での下宿生活中、「一握の砂」のなかの「ふるさと」を詠んだ歌に心の底から共感したことを思い出したのです。「ふるさと」は誰にとっても、なつかしく、ありがたいものなのだ。
 「ふるさと」を愛(いと)おしく思う心は世界中の誰もが抱く、ごく素朴な、ごく自然な感情です。その郷土愛こそナショナリズム(祖国愛)の原点であるなら、ナショナリズムは偏狭(かたくな)であってはならない、柔軟(ゆるやか)でなければならない。なぜなら郷土愛に優劣はない、ファーストもセカンドもないからです。

2025年11月20日


  回帰現象

 バブル経済下の日本は、異常でした。土地や株が爆上がりし、売買で大金を手にした人たちが、湯水のごとく大金をばらまき、金が金を生む狂乱状態だった。戦後、日本人は、ひたすらに「金銭に換算される物質的豊かさ」を追求し続けて、行きつくところまで行きついてしまったのがバブル経済だった。しかし呆気(あっけ)なくバブル経済は崩壊し、日本は敗戦に比すべき焦土と化したのです。
 狂乱の夢を再び、と未だに目の覚めない人が多い中で、「心の充足につながる精神的な豊かさ」を希求する人たちが、今、少しずつ増えてきたのです。戦後80年にして、ようやく日本人は、過大でも過少でもない、等身大の自画像を描けるようになった。そして鏡に映る自分には、洋服ではなく、和服が似合うことに気付いた人たちが生まれたのです。日本回帰の始まりでした。
 日本回帰の転換点になった契機は幾つかあるでしょう。一つは海外体験でしょう。旅行、留学、勤務等で海外に行かれた方たちの中に、日本に居た時には気付かなかった日本の美点、生活、習慣、建築、工芸、美術、に興味を持たれるようになり、さらに着物の美しさに目覚める方もいらっしゃったのです。
 日本回帰の最大の根拠は、風土です。春夏秋冬の季節が廻りくる、温暖で柔和な気候、山川草木の豊かな自然。日本固有の風土こそ、すべての日本文化を育(はぐく)んだのです。着物は優れて日本の風土の所産です。着物回帰現象は、一過性の流行ではなく、日本回帰現象そのものなのです。

2025年11月10日


  商鑑

 長い間、私は呉服屋であることに誇りも生きがいも持つことが出来ませんでした。お召しいただけない着物を売ることに果たして意味があるのか、という疑問に悶々としていたのです。仕事にやりがいが見出せなくて、その空隙(くうげき)を埋めようと趣味の音楽に没頭したのです。「チェロ」とかけて何と解く「アイウエオ」と解く、その心は「カ行(家業)はその次」などと自嘲気味に嘯(うそぶ)いていました。しかし思いがけず趣味の音楽から転機が訪れたのです。
 1981年1月に私は大阪シンフォニカ―(現大阪交響楽団)に入団したのですが、在団中に家内と出会えたのです。翌1982年3月に結婚し、家内は天職と思い続けていた教職を辞して私と一緒に呉服業に携わってくれました。呉服屋になった家内は、着物を販売するのに、着物を熟知していなければ、と店頭でずっと着物を着るようになって、家内自身、着物の魅力に目覚めたのです。自らキモノファッションを楽しみつつ、日本の伝統文化を継承する着物の奥深さに引き込まれる家内の様子に、私は初めて呉服屋であることに胸が張れるようになりました。
 やっと呉服屋であることに遣甲斐(やりがい)を感じることが出来るようになったのですが、それでも果たして商売が世の中で必要なのか有用なのかに確信が抱けなくて、考え続けたことを神戸元町商店街が発行する「こうべ元町新聞」に「商鑑(あきないかがみ)」として書き始めました。4年5ヶ月、連載を続け、最後の最後に商売の社会的有用性に確信を持つことが出来たのです。「商鑑(あきないかがみ)」は「三久庵」のホームページに「呉服屋随筆集」として掲載していますので御一読いただければ幸甚です。