2025年6月30日


  伊藤仁斎

 私は1969年4月に早稲田大学第一文学部に入学しました。2年間の教養課程の後、専門課程に進むにあたって、日本史学科と美術史学科と、どちらを選択するかで大いに迷いました。早稲田大学文学部を志望した理由の一つは早稲田大学文学部に美術史学科があることでした。しかし教養課程の間に丸山眞男の「日本政治思想史研究」を読み、日本近世の思想史に深く興味を持ち、日本史学科に進むことに決めたのです。
 丸山眞男は「日本政治思想史研究」のなかで、なぜ日本が明治以降、近代国家への脱皮を成し遂げることが出来たのか、その遠因を江戸時代の儒学者、国学者の思考方法に近代的思惟形態の萌芽が内包されていたことを指摘したのです。私には「目から鱗(うろこ)」でした。これほど興奮しながら本を読み進めたことはありませんでした。読み終えて感動したのです。なかでも伊藤仁斎についての論考に深く興味を抱き、岩波書店刊・日本古典文学大系「近世思想家文集」所収の伊藤仁斎「童子問」を読み、一層、関心を深め、卒業論文のテーマを伊藤仁斎とすることにいたしました。
 もう55年も前のことですが、「童子問」を初めて読んで、文章がスーッと身体の中に入るのです、不思議なほど。伊藤仁斎の考え方が、私の心の中で自然に共鳴できたのです。なぜそうなのかを考えました。関連する本を読み、次第に私の中で、伊藤仁斎論の構想が組み立てられたのですが、しかし卒論の提出期限が迫って、私の思い通りに論旨を展開する時間がありませんでした。これからなのに、という思いを抱きながら卒論を提出いたしました。
 卒業論文の作成でご指導頂いた上杉先生に卒論提出後、口頭試問を受けた際、上杉先生は最後に私に「三木君、きみの歴史研究は、ここから始まります」と仰って下さったのです。その言葉を、今、ここに至るまで、私は胸に刻んで、いつか、私の伊藤仁斎論を書き始めよう、と心に秘めてきました。今、ここに来て、いよいよ私の伊藤仁斎研究を再開することにいたしました。「三久庵」という発表の場が出来たからです。先ず、「童子問」を再読することから始めます。

2025年6月20日


  マクベス

 その昔、私が小学生の頃、NHKのテレビで「私の秘密」という人気番組がありました。司会の高橋圭三さんの「事実は小説より奇なりと申しまして」という名調子で始まるのですが、「事実は小説より奇なり」というコトバが今も私の中でリフレインし続けていて、先日も、シェイクスピアの「マクベス」を観て、「事実はシェイクスピの悲劇より酷(むご)い」という現実に、あらためて衝撃を受けました。
 私は高校生の時、神戸国際会館で上演された劇団「民芸」の「ヴェニスの商人」を観て以来、シェイクスピアの作品を翻訳で読んだりしていたのが早稲田大学文学部に進学した理由の一つでした。三十数年前、イギリスBBCがテレビで放送するために制作したシェイクスピア全作品の中の幾作品かをNHK教育テレビで見て、是非、全37作品すべてを見たいと思っていたのですが、二十年ほど前、DVDで「シェイクスピア大全集」として販売されていることを知り、高額でしたが思い切って購入しました。
 「シェイクスピア大全集」のDVDを購入以来、第1巻から順番に見てきたのですが、どの作品も傑作で、内容が超充実していて、さらに上演時間が2時間以上、4時間近くの作品もあり、気力、体力が充実していないと、とても鑑賞する気になれないので、視聴は年に数作品が精々で、今回、やっと第29巻の「マクベス」を見ることが出来ました。
 「マクベス」は「ハムレット」「オセロ」「リア王」と並んでシェイクスピアの四大悲劇と称せられているのですが、やはり他の作品と比べても、「ハムレット」「オセロ」「リア王」「マクベス」の鑑賞には集中力が必要で、「マクベス」が四大悲劇の最後の作品なので、見終わって、終わった、というのが率直な感想です。「マクベス」も凄惨極まりない場面の連続で、ひたすらシンドイ、というのが素朴な感想ですが、しかし、この悲劇に救いがあるとするなら、残虐非道を繰り返したマクベス、マクベス夫人が、二人ながら、自ら犯した悪行への良心の呵責に耐えかねて狂乱し、最後に死を迎えたことでした。
 今、私たちの目前で繰り広げられている「良心の呵責が微塵も感じられない」という「事実はシェイクスピの悲劇より酷(むご)い」という現実を、的確に表現するコトバを私は思い浮かべることができないのです。

2025年6月10日


  コープこうべ

 「コープこうべ」の理念は「一人は万人のために 万人は一人のために」です。「みんなでみんなを支え合う」という趣旨でしょう。「コープこうべ須磨店」で買い物をする折、この言葉を見るたびに、そうだ、そのとおりだ、と思うのです。今、世間は「ゲンゼイ ゲンゼイ」の声に満ち溢れています。来る参議院選挙を目前にして野党は一斉に選挙公約に減税を掲げました。とりわけ消費税の減税を。確かに現行の10%の消費税では、1000円の商品を買うのに1100円を払わなければならない。100円の消費税は、たったの100円ではありません。今どき100円ショップで何でも買える時代ですから。おっと違った。10円足りない。
 私たち朗(老)夫婦の休日の楽しみは散歩です。一番の近場は須磨離宮公園ですが、相楽園は店から歩いて15分、森林植物園も自宅から車で僅か40分なので何度も散歩に通っています。須磨離宮公園も相楽園も森林植物園も神戸市立で、神戸市公園緑化協会が管理運営しているのですが、いつ行っても園内が綺麗で安全で、気持ちよく安心して散歩を楽しむことが出来るのです。ところが私たち朗(老)夫婦は入園料が無料(タダ)なのです。だから私たち夫婦のような年齢の方が、いつ行っても散歩を楽しまれている。では神戸市公園緑化協会の管理運営費はどこから捻出されているのでしょう。基本は入園料ですが、それに加えて市税から充当されているのでしょう。
 国税、県税、市税は決してタダ取りされているわけではありません。国民のため、県民のため、市民のために徴収されているのです。「コープこうべ」の「一人は万人のために 万人は一人のために」という理念は「みんなでみんなを支え合う」社会を実現するために私たち一人一人が応分の負担をすることが大事だ、と説いているのです。