不幸の連鎖社会から幸福の拡散社会へ

 今、社会は、トゲトゲ、ギスギスして、ドンドン不幸になっている。不幸の捌け口に、他人をイジメたり、オトシメたりすることで、さらに一層、不幸になっている。今、日本は不幸の連鎖社会なのです。暗い世の中を、明るくするためには、不幸の連鎖社会を幸福の拡散社会に変えねばなりません。そのために、真っ先に大切なことは、自分自身が幸福になることです。私は音楽を愛すること、音楽を演奏し鑑賞することで幸福な人生を歩むことが出来ました。私だけではなく、音楽を愛する人は、誰もみな幸福になれるのです。音楽は、人を幸福にする力があるのです。「音楽自伝」を書こうと思い立ったのは、不幸の連鎖社会を幸福の拡散社会に変えるのに、私に何が出来るのかを考えて、私が幸福な人生を歩めたのは、私に音楽があったからだ、と気づいたからです。私の極めて個人的な音楽体験から、何かしら幸福への糸口が見つかるかもしれないと思うのです。
 私がチェロを弾き始めたのは偶然でした。しかし今日まで弾き続けてきたのは沢山の人との出会い、支えがあったからです。とりわけ音楽仲間との出会いは、思い返すたびに胸が熱くなるのです。音楽仲間との出会いも偶然でした。しかし偶然の出会いから、素晴らしい音楽体験が生まれたのです。早稲田大学交響楽団に入団してチェロを弾き始めて半年も経たない頃、「一緒にカルテットやりませんか」と声を掛けられたのです。やはり初心者同士のバイオリン、ビオラ弾きからでした。生まれて初めてモーツァルトのアイネクライネナハトムジークを演奏したのですが、冒頭のト長調の主和音が響いた瞬間の感動は今も忘れられません。
 練習を重ねると、誰からともなく、人前で演奏したくなるのです。しかし本番の緊張は並ではありません。生まれて初めてコンサートでカルテットを演奏した時は、弓が弦の上でガタガタ震えて止まりませんでした。なんでこんな大変な事をやるのだ、と思うのも束(つか)の間、「喉元過ぎれば」で性懲りもなく人前で演奏したくなるのです。その時から今日まで、一体どれぐらい本番を経験したか、それでも未だに緊張感を克服することが出来ないのですが、「継続は力」とは良く言ったもので、確かに少しずつ平常心を保つことが出来るようになりました。何より極度の緊張の後の達成感は堪らないのです。
 私がアンサンブルが大好きなのは、一緒に演奏するメンバーと「心の会話」が出来るからです。コトバにならないコトバで。「モーツァルトって、なんて奇麗なんだろう」「そうね、私もそう思った」、「僕、シューマン大好きだ」「でもちょっと弾きにくいわ」、「ベートーヴェンはやっぱり凄いね」「感動!」。一緒に演奏しながら会話が弾む。音楽は最良のリアル・コミュニケーション。音楽の喜びは、互いに共感しあうことから生まれるのです。