共感力

 今、日本社会を蝕(むしば)む病根は共感力の欠如です。日本の再生は、私たちが如何(いか)に共感力を恢復できるかに係(かか)っていると言って過言ではありません。私は個人的な体験から音楽が共感力の醸成に有効であると考えます。なぜなら音楽を演奏したり鑑賞するなかで自(おの)ずと「音のアンサンブル」と「心のアンサンブル」が生まれるからです。誰もが皆、心を合わせて「良いアンサンブル」を追い求めることが共感力を育むのです。
 早稲田大学交響楽団のトレーナーだった福富俊一さんは、オーケストラの練習時、度々「耳ダンボ!」「グリコ!」と身振り手振りを交えて団員に声を挙げられました。両耳を掌(てのひら)で広げて「耳ダンボ!」、両手をハート型に胸に当てて「グリコ!」。「ダンボ」はディズニーのアニメ映画の主人公で、「グリコ」はキャラメルのキャラクターです。「耳ダンボ!」は小像のダンボのように大きな耳を広げて周りの音をシッカリ聴きなさい、「グリコ!」はハートをシッカリ持って音を出しなさい、ということでした。私は今さらながら福富俊一さんの口癖だった「耳ダンボ!」「グリコ!」が「良いアンサンブル」の極意だと知ったのです。
 音楽を演奏する上で大きな障害は「音痴」です。「音痴」にも実は三種類あって、「リズム音痴」「音程音痴」「音色音痴」です。私は典型的な「リズム音痴」で、演奏中、不用意に早くなったり遅くなったりして、テンポがキープできなかったり、一拍を三つに割ったり、四つに割ったりが正確にできないのです。するとどうなるかというと周りのメンバーと合わなくなってアンサンブルが乱れるのです。対処療法は「耳ダンボ!」。周りの音をシッカリ聴いて出来るだけズレないようにする。チェロを弾き始めて早いもので60年近くにもなると多少改善はされましたが今もって「リズム音痴」は完治していません。私はクラシック音楽を聴き始めた頃、この音楽は何を表現しているのだろう、と思っても分からないことがよくありました。ところが、ある時、ガブリエル・フォーレを聴いて、スーッと身体の中に音楽がしみこんできたのです。私の心の中の琴線に触れたのです。それから少しづつ琴線に触れる音楽が増えてきました。私の中の「グリコ!」に。
 チェロを始めて個人練習は難行苦行でした。しかしバイオリンやピアノやフルートや、他の楽器と一緒に演奏することは楽しかった。アンサンブルが楽しいので下手の横好きでも今日までチェロを弾き続けてきたのですが、もっと良い音楽を求めるとアンサンブルの質を上げなければなりません。コンサートで演奏した後、「誰かが合図しているように見えないのに、どうして一緒に一斉に音を合わせられるのですか」と尋ねられることがあります。「息を合わせるのです」と答えるのですが、「良いアンサンブル」は互いに息遣いを感じながら演奏する息の合う仲間だからこそ出来るのです。息が合うのは気が合うからで、共感力の成せる業なのです。