サロンコンサート

 家内は京都市立芸術大学音楽科でバイオリンを学び、中学校の音楽の先生になりました。教師を天職と考えていた家内ですが、結婚後、長女が誕生し、教師の職を辞しました。そして「丸太や」で呉服業に携わりました。3年後、長男が生まれ、家内も私も楽器を弾くことから遠ざかったのですが、娘が6歳になった頃、元町商店街でバイオリン教室の看板が目に留まり、娘がバイオリンを習うようになって、バイオリンの先生とトリオを始め、先生の友人も加わってカルテットを演奏するようになりました。その頃、元町商店街を歩いていて「アマデウス」という看板が目に留まったのです。きっとオーナーはモーツァルトが大好きなのだ、と店に入るとやはりモーツァルトの音楽が流れていました。壁に「モーツァルトを演奏してくださったお客様にケーキセットをプレゼント」と書かれた張り紙が貼ってあったので、オーナーに話をしたらサロンコンサートの出演を依頼されたのです。それから年に1回、カルテットで出演するようになりました。
 私は高校生の時からレコードでクラシック音楽を聴くようになり、コンサートにも足を運ぶようになったのですが、大ホールで聴くオーケストラの演奏はレコードでは絶対聴けない生の迫力に感動しました。しかし室内楽を大ホールで聴くことには違和感をもったのです。室内楽は演奏者の息遣いが感じられるような小さなホールで聴けたらと思っていたので「アマデウス」のサロンコンサートは、まさに思い描いたような会場でした。その頃「丸太や」は、それまで展示会場だった2階を「ギャラリー響(きょう)」と名付けて多目的に使用するようになっていました。サロンコンサートに真向きだと気付いて、1993年の秋に「ふれあいコンサート」を開催しました。実はそれまで私がチェロをひくことは、お客様、取引先には内緒にしていたのです。趣味に現(うつつ)を抜かす道楽者と思われて信用を失なうのではと危惧していたのです。ところが20席設(もう)けた会場はお客様で一杯になり「こんな楽しいコンサート!是非またやってください」と喜んでくださって心配は無用でした。
 1992年2月、家内のたっての希望で創作したバイオリン柄の帯がきっかけで生まれた「丸太やオリジナルコレクションコンサート」、音楽をモチーフにした着物や帯の発表会を開催した機会に、弊店向かいの「ユーハイム本店」3階ホールで「きもので集うワインコンサート」を開催しました。なぜバイオリンをデザインした着物や帯を創作したのか、それは私たち夫婦が音楽が大好きだから。その気持ちをお伝えするには、私たちの演奏を聴いていただくのが最適だと考えたのです。「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の発表と「きもので集うワインコンサート」は大好評で、早速、同じ年の12月に二度目の発表会を開催したのです。
 1995年1月17日、忘れようとしても忘れられない阪神淡路大震災。震災の瓦礫の中、如何に商売の活路を見出すのか。神戸では当分無理だと「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の発表会を全国各地で展開したのです。各会場では音楽仲間に友情出演していただいてミニコンサートを開催しました。出演したメンバーから「こんな楽しいコンサート!お店でもやりましょうよ」と言ってくださったのです。2026年10月、第62回目を迎える「丸太やフレンドリーコンサート」の始まりです。