呉服屋

 あれから、五年が経ちました。あの時、高校二年生だった息子は、その一年後、甲南大学経営学部に進学し、この三月二十五日、卒業しました。そして、五年前のあの日、「いい呉服屋になる」、と言ったあの日の言葉を、自分のものにするために、二〇〇九年四月一日、「丸太や」に入り、呉服屋になります。「いい呉服屋」になるために。
 二〇〇三年十二月十二日、NHK教育テレビ、「真剣一〇代 しゃべり場」、の「顔出し」コーナーに出演した息子は、視聴者に、こう語りました。

僕は父親の仕事を継ぎたいと思っている。
特別な仕事じゃない。呉服屋だ。
社会的に目立つことはないかもしれない。 それでもあとを継ぎたいと思うのは、その仕事に大きな情熱を注ぐ父の姿を見たから。
お客様に着物を心から楽しんでもらうため、日々努力している。
そんな父の生き方は、平凡どころか、素晴しいと思う。

よく見てほしい。
呉服屋だってサラリーマンだって、輝いている人はたくさんいる。
そんな人たちを平凡だと決め付けるなんて失礼だ。
僕は非凡になることを人生の目標にするより、まず、やりたいことに向かって、ひたすら突き進むべきだと思う。
僕の場合は、着物を楽しんでもらう人をもっと増やすことだ。
非凡かどうかという人からの評価は、その後についてくるおまけのようなものではないだろうか。