旅行

 私は、物見遊山に旅行を楽しむ、という趣味は、まるでなくて、家族で旅行に行く、というのは産地を見学に行くためぐらいです。娘と息子が、まだ、ほんの子供の頃から、奄美大島の「大島紬」、米沢の「紅花紬」、結城の「結城紬」、小千谷の「小千谷縮」、松本の「みさやま紬」、上田の「上田紬」、などを見学するために、家族で旅行に行きました。東京のメーカーに仕入れに行くついでに、「東京ディズニーランド」に行ったこともありますが、あくまで産地見学が目的なので、観光、慰安、娯楽、とは縁の無い旅行です。子供たちにとっては、楽しい旅行とは程遠かったでしょう。
 それでも、奄美大島では、ハブとマングースのバトルを見たり、結城では、糸車をまわしたり、小千谷や米沢では、滅多に神戸では見られない雪の中で、思い切り戯れたり、松本では、畑でトマトやきゅうりをもがせていただいて、食べさせていただいたり、上田では、美味しいお蕎麦をご馳走になったり、旅ならではの、神戸では出来ない、味わえない楽しみがありました。
 旅行、とは名ばかりの、産地見学でしたが、糸作りや、染、織、など、「ものづくり」の現場に立ち会ったこと、「ものづくり」に生涯を賭ける人達に出会ったことは、子供心にも、何かが、痕跡として、刻まれたのではないでしょうか。息子など、まだ、保育所に通っていた頃からですので、記憶らしい記憶としては残っていないかもしれない。記憶の、さらに奥深くに、沈みこんで、心の表面に現れることはないかもしれない。しかし、感性の原型として、行動の原理として、子供たちの心に、消しがたく、消え去りがたく、残されたのではないか。そう、思います。