学童保育

 小学校に通うようになってからは、放課後は、学童保育所のお世話になりました。学童保育所が終わった後は、家に帰るのですが、子供が家に帰った時、家に誰も居ないのは可愛そうだ、と母が、一足早く店を出て、家に帰り、子供を迎えてくれました。土曜、日曜、祭日は、家族全員で店に行きました。店では、営業中ですので、かまってやることは無く、子供たちは、てんでに遊んでいました。総じて、ほったらかし、でした。子供の頃、お父さんとキャッチボールをしている友達が羨ましくて、大きくなったら、子供とキャッチボールをしてやるんだ、と思っていたのに、いざ、息子が、そういう年頃なのに、一緒に遊んでやらないことに、ほんの少し、心に痛みを感じていました。息子は、そんな親心に気付くことも無く、好きなように遊んで、大きくなりました。
 私は、子育てをしよう、と気負ったことも無く、実際、子育てらしい子育ては、全然、しませんでした。私の世話や指導を受けなくても、まさに、自然児の如く、子供たちは、自然に成長していきました。私は、子供たちに、ああしなさい、こうしなさい、と指図することは、ほとんどありませんでした。例えば、勉強しなさい、とか。最近、気が付いたのですが、今の今まで、子供たちの成績簿を見た記憶がないのです。好きなように、させてきた。もし、子供たちに、私がしたこと、というとレーザーディスクを見せたことぐらいです。
 ディズニーの、「ピーターパン」、「ダンボ」、「ピノキオ」、などなど、ウォルト・ディズニーが制作した傑作アニメ映画の数々。ソビエトのアニメ作家、ユーリー・ノルシュテインの大傑作、「話の話」。娘が、なぜか、はまりにはまった、チェコスロヴァキアのイジー・トルンカ、の、「真夏の夜の夢」。これは、シェイクスピアの芝居を、人形でアニメ化した作品で、ほぼ、原作どおりで、進行のナレーションがチェコ語。まだ字が読めないのに、分けが分からないのに、食い入るように、何度も、何度も、見ていました。ドン・ブルースが制作した、「アメリカ物語」。名曲、「SOME DAY、SOME WHEAR(いつか、どこかで)」。ウィル・ヴィントンの、「星の王子さま」。勿論、サン・テクジュベリの原作を基にした作品で、粘土細工のようなもので作り上げる、独特の世界。娘と息子が、全編、台詞を丸暗記して、二人で再現してくれるほど、のめり込んだ、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」。ヘンリー・セリックの作品です。
 アニメーションの創りだす世界、それはファンタジーが羽ばたく世界。この世に無いもの、現実に無いもの、を創造する、その創造力は、この世に無いもの、現実に無いもの、を想像する、その想像力が為せる技。素晴しいアニメーションを見ることで、きっと、子供たちは、一生懸命、想像力を働かせた。想像力を働かせたことが、きっと、二人の子供に、創造力を身に付けさせた。私は、そうだ、と、二人の子供を見ていて、思います。
 見終わった後、子供たちに、「もうイッペン、もうイッペン」、と何度、せがまれたことでしょう。