第十五話
 母は、後ろを振り返らない、いつも前を向いて生きていました。ですから母の口から昔の話を聞くことは余りありませんでした。戦争の話とか。

戦前・戦後
 私は、戦争を知らない子供ですが、両親は、戦争を経験しました。しかし両親から戦争の話を聞いたことはありません。両親は、戦争の話を私に語り聞かせることはなかったけれど、戦争によって世の中が引っくり返る未曽有の経験をしました。第二次世界大戦は、日本の社会を180度転換する歴史的大変革を起こしましたが、戦前、戦中、戦後を生きた日本人は、戦争体験によって大きく生き方を、考え方を変えました。価値観の転換が起きたのです。
 第二次世界大戦は、ほとんどすべての日本人に「欠乏」を強要しました。「欲シガリマセン勝マデハ」「贅沢ハ敵ダ」と叩き込まれた挙句、戦争で、ありとあらゆる「モノ」を失うという悲惨な経験を強いられたのですが、とりわけ戦後の食糧不足は、日本人に「モノ」を持つことを強迫したのです。それは、戦中、戦後を生きながらえた日本人が、自らの命、家族の命を守り抜くために「モノ」を持たねばならなかった、「モノ」への飽くなき執着が日本人の心を捉えたのです。戦後、日本人は衣食住すべての「モノ」を持つためにモーレツに働きました。「モノ」を持つことが夢であり、「モノ」を持つことがステータスだったのです。