第三話 |
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弊店が、2階の展示場を「ギャラリー響」として活用するようになったことを知って、当時、呉服問屋「一文株式会社」の担当者であった多田英一さんが「型絵染の染織作家、伊佐新雄(いさよしお)さんの個展をされたらどうですか」と声を掛けてくださいました。弊店はそれまで「千總」「川島織物」のような製造問屋の商品しか取り扱ったことが無く、所謂(いわゆる)作家物と呼ばれる染織作家の作品を販売したことが無かったので丁重にお断りしました。販売する自信が無かったのです。「売れる、売れない、ではなく是非やってみてください」と再三再四おっしゃるので、それではと伊佐新雄さんの個展を「ギャラリー響」で開催することにいたしました。 「ギャラリー響」を始めたことで工芸作家の方達と交流する機会を頂き、作品は作者の心と技の結晶であることを知り、創作の場に立ち会うことが作品の理解を深めると気付かされて、工芸作家の個展を開催する折は、出来れば工房をお訪ねすることにしていたので、 伊佐新雄さんの時も京都山科の工房をお訪ねしました。伊佐新雄さんは、型絵染の人間国宝、稲垣稔次郎の創立した新匠美術工芸会に所属され、稲垣賞をはじめ幾多の賞を受賞されるなど染色家として高い評価を受けておられたのですが、初めて著名な染色作家とお会いするという緊張は出迎えてくださった伊佐新雄さんの眼の表情の優しさに瞬時にほぐれました。伊佐新雄さんは型絵染について何の知識もない私に、制作工程を丁寧に説明してくださったのですが、言葉のはしばしに「ものづくり」に懸ける思いの深さが滲み出ていました。拝見した作品は、伊佐新雄さん、その人そのものでした。 1992年12月に開催した「自然をデザインする 伊佐新雄 型絵染の世界」は弊店の力不足で十分な結果を出すことが出来ず、伊佐新雄さんには大変申し訳なかったのですが、やはり作家物を扱うことは弊店では無理だと思いました。ところが多田英一さんから、「伊佐新雄さんの個展の案内状をご覧になられたローケツ染の横山喜八郎さんが、私もこの店で個展を開きたいとおっしゃっておられるのですが」という思いがけない言葉を頂いたのです。伊佐新雄さんの個展が成果をあげることが出来なかったことを承知の上でのお申し出なので「それでは」とお受けいたしました。 |