2026年6月30日 |
構想 |
| 私は1973年の春に家業の呉服店「丸太や」に入社し元町商店街で商売人になりました。30歳を過ぎた頃、商店街の方から理事になるように声を掛けられたのですが「商売が疎(おろそ)かになる」と母に反対されました。その頃、藤本義一さんの講演会を聞く機会があり、藤本義一さんが「私の実家は商家だったのですが、父から、商売人は兎に角、頭を下げといたら良い、街の世話をやったらアカン、保証人には絶対なるな、とキツク言われました」と話されて、母の言うことと同じだと納得したのです。 1995年1月17日、阪神淡路大震災勃発、これからどうやって商売を続けるのか、と五里霧中の中で考えました。ちょうどその年、商店街は役員改選で、私に理事就任の依頼があり、この度はお受けしました。商店街の復興に私なりに協力できれば、と考えたのです。すぐに厚生部長になって親睦旅行やボーリング大会のお世話をし、役員の方や商店街の方々と親しくお付き合いするようになりました。 店の商売は、その前年に始めた「丸太やオリジナルコレクションコンサート」とネーミングした音楽をモチーフにした着物や帯をはじめとするオリジナル商品の販売に全力で取り組み、宣伝を兼ねて全国各地でミニコンサートをしながら販売会を開催しました。音楽をモチーフにしたオリジナル商品を制作販売するのは私たち夫婦が音楽が大好きだから、と知っていただくためでした。秋には店内で「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の発表会と「モトマチミューシックウィーク」と名付けたコンサートを開催しました。「丸太やオリジナルコレクションコンサート」の発表会に「モトマチミューシックウィーク」と名付けたコンサートを開催したのは私に腹案があったからです。元町商店街にはヤマハ神戸店や神戸風月堂ホールでコンサートが開催され、クラシックのサロンコンサートやジャズのライブコンサートのお店があり、弊店のコンサートと一緒に元町音楽週間のような催しが出来ないかと夢想していたのです。 私は元町1番街商店街の理事会で「元町ミュージックウィーク」構想を提案したのですが「なんでクラシックや、クラシックで客が来るか」と一蹴されました。元町3丁目商店街で海文堂という老舗の本屋の社長島田誠さんが文化に理解があり音楽にも造詣が深いと聞き及んでいたので私の元町ミュージックウィーク構想に賛同いただけるのではないかと期待してお話したのですが「商店街は商売をするところで文化は馴染(なじ)まないのです。それにお金はどうするのですか」と言われて、この方にしてこの反応であれば到底無理だと諦めました。すると数か月後、島田誠さんが「この地域の協議会の総会があるのですが、その懇親会で三木さんの演奏を交えて元町ミュージックウィーク構想を話されませんか」と仰ってくださったのです。1996年6月に開催された「みなと元町タウン協議会」の席で私は元町ミュージックウィーク構想を提案し、「サウンド・オブ・ミュージック」を弦楽四重奏で演奏したのですが、メドレーの最後の「すべての山に登れ」を万感の想いを込めて演奏しました。 「元町ミュージックウィーク」開催の経緯は「コンサート物語」に詳述しています。 |
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2026年6月20日 |
マイレコードコレクション |
| レコードが好きです。レコードそのモノが好きです。レコードを再生するレコードプレーヤーが好きです。なかでもフォノカートリッジが好きです。レコードで再生される音が好きです。なによりレコードを聴いている時間が大好きなのです。 そんな私ですから今から40年ほど前、音楽を再生するソフトにコンパクトディスクが登場しアッという間にレコードを駆逐したことは衝撃だった、信じがたかった。ところが私のようにレコードが好きで好きで仕方がない人間が世の中にそれなりに居らっしゃるのか、しぶとくレコードは生き残っているのです。なぜレコードは絶滅しなかったのか。私に言わせれば「当たり前田のクラッカー」。ありとあらゆる面で圧倒的にレコードがコンパクトディスクに勝っている、優れている。比較することすら無意味なので、あえて理由は列挙しませんが、ある時期、レコードがコンパクトディスクに取って代わられたこと自体、異常です、不思議です、謎です。 私は今から60年ほど前、高校生なってレコードを購入し始めて以来、レコードを購入し続けてきましたが、10年ほど前、レコードの購入を止めました。レコードの購入をストップしたのは収納するスペースが完全になくなったからですが、かれこれ50年間、レコードを買い続けた結果、それなりにマイレコードコレクションが出来ました。唯、私はレコードを買うのが趣味ではなく、聴くのが趣味なので購入したレコードは全部、聴き通しています。 何年前だったか忘れましたが、レコード棚を見ていて、レコードの中には一度聴いた切りのレコードもあるだろうな、と考えたら二度と聴いてもらえないレコードが可哀そうになって、もう一度、全部のレコードを聴かなければと意を決しました。それまで私はレコードを聴くときはレコード棚から聴きたいレコードを引っ張り出して聴いていたのですが、そうするとどうしても気に入ったレコードに手が伸びるので、いつまでたっても聴かれないレコードがあるのです。 私のレコードコレクションは聴きたいレコードを即座に取り出せるように整理されていているのですが、クラシックなら作曲家の誕生年順に並べてあって、同じ作曲家の作品は交響曲、管弦楽曲、室内楽曲、独奏曲、声楽曲の順に並べてある。ジャズならビッグバンド、トランペット、サキソフォン、ピアノ、ビブラフォン、ギター、ボーカルとジャンル別で並べてあって、それぞれはアーティストのアルファベット順に並べてあります。そのほかポップス、ロック、ボーカルなども、それぞれにきちっと並べてあるので、いつでも聴きたいレコードが即座に取り出せるのです。私は今、兎に角、レコードコレクションを全部聴こうと決心して、毎朝、毎昼、毎夜、レコード鑑賞に時の経つのを忘れています。 私の常軌を逸したレコード愛について「三久庵」ホームページの「趣味の話」の中に「アナログの愉しみ」「グレース物語」に語り尽しましたので是非ご覧ください。 | |
2026年6月10日 |
サンキューシアター |
| 日曜日以外は「サンデー毎日」になって、毎日、マイホームシアターで映画やオペラを鑑賞しています。念願のマイホームシアターが完成?したのは今から38年ほど前だったか、その頃、店のすぐ近くにヤマハ神戸店があって、ショールームで当時出始めた液晶プロジェクターで「ローマの休日」を見て、衝撃、感動して、いつか我が家にもホームシアターをと決心したのです。 私は子供の頃から映画館が苦手で、見終わって外に出ると目眩(めまい)がする。中学生の頃、テレビで淀川長治さんが案内役の名画劇場が人気番組だったのですが吹き替えが不愉快で、でもこんな風に自宅で居ながらにして映画が鑑賞できたらと憧れたのですが、まさか実現するとは夢にも思いませんでした。 ホームシアターで映画やオペラを見始めた頃、ソフトはレーザーディスクでした。ビデオテープは画質が悪かった。今、思い返すとレーザーディスクは高価でしたが居ながらにして素晴らしい画質音質で鑑賞できるなんて夢のまた夢で次から次に購入して映画やオペラを堪能しました。しかしいつの頃からかDVDが普及し、私もソフトをDVDに変えました。 日曜日以外は「サンデー毎日」になって、毎日、映画やオペラを見るようになって、ここに来て、以前、レーザーディスクで見た映画やオペラを見たくなったのです。レーザーディスクで見たソフトはDVDでは買わなかったので。映画やオペラは見るのに2時間、3時間、それ以上に時間がかかるので大半のレーザーディスクは一度見たらそれっきり見ていなかったのです。ソフトによっては30年以上前に見た切りのも多いのですが、久し振りに見直して、我ながら呆(あき)れるぐらい見た記憶がない。まるで初めて見るようで、ハラハラ、ドキドキ、泣いたり、笑ったり、感動の連続です。 映画は家内と一緒に鑑賞するのですが、感極まって涙が出そうになると、隣ですすり泣いている。見終わって家内が「まるで三久映画館ね」と言うので「サンキューシアターだよ」と返しました。 |
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