チェロ

 私は1969年4月に早稲田大学第一文学部に入学しました。当時、日本の大学では、1970年の日米安保条約改定に対して阻止行動が熾烈を極め、1969年の東京大学入学試験が中止を余儀なくされるという異常な状況にありました。早稲田大学第一文学部も学生運動の拠点校で、入学早々、全学バリケードストライキで一切の授業が休講になりました。私は下宿生活を始めたばかりで、授業は無い、友人もいないのですることがなく、一層のこと一旦、神戸に帰ろうかとも考えたのですが、いつ授業が再開されるか分からないので帰るわけにもいかず、下宿に引き籠っていました。
 私は小学生の時は野球少年、中学、高校は卓球部でスポーツが大好きだったのですが、高校に入学後、レコードでクラシック音楽を聴くようになり、とりわけモーツァルトに心酔しました。ただ音楽は聴くばかりで合唱とか吹奏楽とかは無縁だったので、楽譜を読む経験はありませんでした。ところが下宿で悶々としていて、唐突にオーケストラに入ろうと考えたのです。早稲田大学文学部の校舎のグランドを挟んだ向かい側に音楽関係の部活の練習室があり、オーケストラやマンドリンやビッグバンドの練習が聴こえてくるのです。それまでは聴くだけの音楽を、自分でも演奏したくなったのです。
 早稲田大学交響楽団の部室で入部の意思を伝えると「今までに楽器の経験は」と訊かれて「ありません」と答えたら「だったらチェロをやりなさい」とすぐに先生を紹介してくださいました。最初のレッスンで先生が「君の手を見せてごらん」と言われたので手を広げたら「小さい手だね、苦労するよ」と仰られたのです。レッスンを受けるようになって2カ月が過ぎた頃、左手が第一ポジションから第四ポジションの練習に進んだのですが、手が小さいせいか上手く弾けないのです。私はチェロに向いていないのだ、どだい無理なのだ、チェロを弾くのを止めようと先輩に話したところ、「すぐに合宿があるから、合宿は参加してください」と言われました。
 合宿では生まれて初めてオーケストラの全体練習を間近で聴いたのですが、その迫力に圧倒されました。オーケストラの練習の合間には気の合ったメンバー同士でカルテットを演奏されていたのですが、和気藹々(あいあい)と楽しそうで、こんな風に室内楽が楽しめたら、と羨ましく思ったのです。チェロの初心者3人で「蛙の歌」を輪奏したのも微笑ましかった。合宿が終わるころには、チェロを断念することをスッカリ忘れていました。